3月2日(木)

  聴診器で海くんの胸の音を聴いているのは、在宅

 医療支援診療所”りんりんクリニック”院長の林医師。

 今まで海くんの主治医は、車で1時間近くかかる”と

 きわ呉”のお医者さんでしたが、”りんりん”ならいざと

 いうとき、24時間電話1本で駆けつけてもらえ、週1

 回の訪問診療も受けられるということで、主治医を林

 先生に変更。この日は契約と初診を兼ねて、看護師

 さんを連れて来宅されました。

 

  木曜日は訪問介護で、理学療法士の木村さんが来

 てくれる日でもあります。木村さんにも協力してもらっ

 て、ときどき痛そうなできものができる、首の後ろを診

 てもらっています。

 

  在宅医療支援サービスについて詳しい説明を受け

 る海ママ。この後、契約書を取り交わしてサービスが

 開始されます。 

 


3月4日(土)

  前々日の在宅医療支援サービス開始に伴って、

 りんりんと提携しているセラム薬局くまの店(りんり

 んも黒瀬町に隣接する熊野町にあり、どちらも車で約10分)の

 居宅療養管理指導サービスを利用することにしま

 した。これからは海くんの薬や栄養剤・紙おむつ

 などを全て宅配してくれます。その中でも、複数の

 薬を朝・昼・夕に仕分けし、曜日ごとにまとめるサ

 ービスで、海ママの長年の悩みが解消しました。

”在宅医療支援サービス”について詳しいことはこちら

居宅療養管理指導サービスについて詳しいことはこちら

 


3月5日(日)

  いまから4泊5日の沖縄旅行の始まりです。海くん

 にとっては、3年前に続いて2度目の沖縄です。

 

  「いまから、あの飛行機に乗って沖縄に行くから

 ね。」

 

  利用するのは、ちょっと大き目のプレミアム・シー

 ト。エコノミーに比べると、海くんの体にはずいぶん

 優しい。離発着時に背もたれを垂直に起こしたとき、

 上体が前に倒れないよう、補助ベルトを装着します。

 

海くんの機内食にも、白ワインをつけてもらいます。写真右が機内食の中身。

 

  離陸後90分して見えてきたのは、沖縄本島本部

 半島沖に浮かぶ伊江島。72年前は沖縄戦の激戦

 地でした。

 

  那覇空港に到着。今回も3年前と同じく、着いてか

 らの移動は、運天さんの介護タクシーをお願いしまし

 た。

 

途中きれいなびーちに寄ってもらったり、道の駅で買い物させてもらったりしたので

3時間かかって本部町のホテルマハイナに到着。前回の旅行で、このホテルの魅

力にはまってしまいました。

 

  居室は、東シナ海を見下ろすオーシャンビューの

 和洋室。

 

  早速ベランダに出て、持参したサンシンを弾き、

 テンションを高める海ママ。

 


3月6日(月)

  出発前の天気予報を見て、天気については期待

 していませんでした。とは言っても、スコールのよう

 な激しい雨と風に心はゲンナリ。外出をしばらく見

 合わせます。

 

  南の天気は変化が早い。雨が止むのを見計らっ

 て出掛けます。写真はホテルマハイナの魅力の1

 つ、リフト付きバス(もちろん無料)。これで美ら海水族

 館の駐車場まで連れて行ってもらいます。

 

  駐車場からはこの車に乗り換えます。これは海洋

 博公園内を巡回しているリフト付きパトロールカー。

 電話1本で車椅子を迎えに来てくれます。この車で

 水族館のエントランス間近までレッツゴー。

 

  中に入ると、雨模様のウィークデイというのにチケ

 ット売り場には長蛇の列が。

 

  皆がまず向ったのは、大水槽”黒潮の海”を間近

 に眺められるカフェ”オーシャンブルー”。ここでは

 軽い食事を取りながら、水槽内を悠然と泳ぐ魚たち

 を楽しめます。

 

  アクリル板すぐ側の席は予約制(ただし1時間しかいられない)。

 われわれの席はその次ですが、それさえも海ママが猛ダッ

 シュして、やっとゲットできました。

 

  ランチの後、再び降り出した雨の中をパトロールカー

 で向った先は……

 

  水族館からは離れたところにある”オキちゃん劇場”。

 

  ここで豪快なイルカショーを堪能しました。ちなみに

 左の写真奥に見えている島は、飛行機から見下ろし

 た伊江島。その中央にポコッと飛び出しているのは

 伊江島のシンボル城山(愛称:伊江島タッチュー172m)。

 

  このごろ、どの水族館にもある生き物たちと直接

 触れ合える水槽。「海くん、これがナマコよ」と海マ

 マ。でも本人はありがた迷惑?

 

  水族館最後の〆は、やっぱりもう1度大水槽”黒潮

 の海”。

 

  水族館を堪能して外に出てみると、雨は上がって

 いました。パトロールカーで駐車場まで送ってもらい

 その後はリフトバスにリレー。

 

  この日の夕食はビュッフェスタイル。海パパは、水

 族館の中をバギーを押して右往左往したため、ちょ

 っと疲れ気味。

 

  チョコフォンデュタワーを楽しんでいるのは海くん?

 それとも海ママ?

 

  ホテルの夜景もまたよし。われわれの部屋は上か

 ら2番目、右から3番目。

 


3月7日(火)

  ホテルマハイナには屋内プール(温水)もあります。

 今回は初めからそれを利用するつもりで、水着を

 もって来ていました。

 

  インストラクターがいろいろ細かく指導してくれま

 す。

 

入水は、レスキュー用のボードを使って@→A→B→Cの順で。

想像していたより簡単でした。

@ A
B C

 

  水に入ってすぐは、一瞬冷たく感じて緊張しますが

 

水温にすぐ慣れ、水の浮力で無重力状態となるため

とてもリラックスした表情をしてくれます。

 

  30分足らずのスイミングでしたが、心地よい疲労

 感を楽しんでいるような海くんです。

 

  屋内プールから自室に戻って窓から外を見ると、

 これぞ沖縄の海と空(前日トップの写真と何たる違い!)

 

  午後はホテルのリフトバスで、フクギ並木で有名な

 備瀬へ(所要時間10分)。お目当てはカフェ・チャハヤブ

 ラン。通常の入り口は狭い石段のため、お店の横道

 から直接ウッドデッキに通じる出入り口(写真の左端)

 使って入店しました。

 

  ウッドデッキからの眺めはこんな具合。正面には伊

 江島が望め、さわやかな風が吹き抜けます。

 

ガイドブックで見つけ、是非来店したかった海ママ。ご機嫌です。注文したのは

ラフテー丼とドラゴンベリーのスムージー、海くんには中華おかゆ、そしてもちろ

んビール。

 

  食後は潮風を受けながら、海辺の道を散歩。コバ

 ルトブルーの海が素晴らしい。

 

  海辺からちょっとはいった所には、うっそうとした

 フクギ並木が。

 

  備瀬での食事と散策を楽しんだ後は、再びホテル

 のリフトバスで(電話1本で迎えに来てくれた!)、海洋博公

 園内の熱帯ドリームセンターに。

 

  ドリームセンターにある3つの温室には、常時2000株

 以上のランが展示してあるそうです。

 

  前夜と同じブュッフェ・レストランで食事後、疲れと

 酔いでうとうとする海パパを海ママが盗撮。実はこ

 の直後、海パパの身にプチトラブルが……。

 


3月8日(水)

  今日は今回の沖縄旅行の中で

 特別な日です。日本政府が沖縄

 県民の意思を無視して辺野古に

 建設しようとしている、米軍新基地

 (耐用年数200年)反対の運動に連帯

 するため、海ママの地域の仲間か

 ら託されたタペストリーとカンパを

 届けに行く日なのです。

  この日の移動は、初日に続いて

 運天さんの介護タクシーにお世話

 になりました。

 

  まず向ったのは、抗議活動や支援物資の受け入れ

 の窓口となっている名護共同センター(名護市宮里)

 

室内の壁は、全国から寄せられた激励や連帯のタペストリー

でいっぱいです。

 

  まず専従の早坂義郎さんに、カンパをお渡しします。

 その後、反対運動の意義や歴史、現状などについて

 お話を伺いました。早坂さんは、この日いろんな場所

 に案内してくださいました。

 

  共同センターを後にした私たちは、反対運動の”現

 場”キャンプ・シュワブのゲート前に。前方に、座り込

 み真っ最中の人たちが見えます。

 

座り込みに参加している私たちの元に、反対運動のシンボル的存在である

島袋文子おばあ(87)が。「海くん、よく来たねぇ」。

 

  うながされて、海ママが代表して連帯のスピーチ

 をしました。

 

  そこへ、「海くん、来てくれてありがとう」と話しかけ

 てくれたのは城間みどりさんのお父さん。みどりさん

 やお母さんとは3年前の沖縄旅行で再会しましたが

 お父さんとは初対面。こんな所でお会いできるなんて

 感激です。

 ★城間さんは全国訪問教育親の会の会員で、一緒に文部省や
   厚生省(いずれも当時)に、訪問教育の充実を求めて要請活
   動した仲間です。

 

  つづいて向ったのは辺野古ビーチの境界フェンス。

 ここに、託されたタペストリーを結び付けます。

 

金網の向こうはキャンプ・シュワブ。岩城学さん、素敵なタペストリーを作ってくださって

ありがとうございました。ちゃんと届けましたよ。

 

最後に訪れたのは、辺野古ビーチとは辺野古崎を挟んで反対側にある大浦湾。

ここでは埋め立て工事用の汚濁防止フェンスの設置工事が進められています。

 

  上の写真中央に見える船のアップがこれ。深田

 サルベージ所有の、超大型海底掘削船”ポセイド

 ン1”。本来は海底資源調査船なのに……。

 

  那覇に戻り、沖縄最後の夜をここ、牧志市場で

 過ごします。

 

  市場の1階は魚介や食肉、沖縄特産の野菜や

 果物などを売る、文字通りの市場。ここで食べた

 いものを買って、2階の食堂街にもって上がって

 ……

 

  調理してもらって、いただくのがおすすめパタ

 ーン。この日みんなで食べたのは、夜光貝とブ

 ダイの刺身。

 


3月9日(木)

  沖縄最終日も快晴。まず国際通りを散策。蔡温橋

 たもとの公園では、緋寒桜が満開でした。

 

  沖縄最後の観光スポットは、壺屋焼の”やちむん通

 り”。いろんなお店をのぞいたのですが、3年前に買い

 物したお店で今回も購入。店主のおばあは私たちの

 ことを覚えていてくれて、コーヒーをご馳走してくれまし

 た。茶飲み話のなかで我々が辺野古に行った話をす

 ると、おばあは沖縄戦での苦労話をしてくれ、最後に

 「戦争はこりごり、基地もない方がいいねぇ」。

 

  いよいよ帰りの飛行機に乗るため、”ゆいレール”で

 那覇空港に向います。そのときびっくりしたのは乗車

 方法。普通は、誘導してくれた駅員がポータブルのス

 ロープをかけてくれるのですが、ここではプラットホー

 ムの床がリモコンで斜めに持ち上がり、スロープにな

 るのです(写真で分かるかなぁ)

 

  空港では思いがけないサプライズ。城間さんが会い

 に来てくれたのです。「海くんお久しぶり、元気そうね」

 いただいたタピオカ入りの葛餅は、とてもおいしかった

 です。

 

  とっても充実していた4泊5日の旅。でも、ちょっと疲

 れた?

 


3月25日(土)

  海くんのショートステイ(4/24〜29)を利用して

 ”しまなみ縦走2017”という自転車のイベント

 に、夫婦2人で参加しました。

  これは3月の25・26日の2日間で、尾道・今

 治間(70km)を自転車または徒歩で縦走します。

  わたしたちは25日に尾道をスタートし、今治

 に1拍。翌日は逆コースで、しまなみ海道往復

 にチャレンジしました。しかし、”しまなみ”はわ

 が庭も同然。リラックスムードでの参加です。

 

コース中には11ヶ所のチェックポイント(CP)が設けられ、そこで

スタンプを押してもらったり、水分や特産品の”お接待”を受けた

りします。写真は因島のフラワーパークCPでのひとこま。

 

  生口島の瀬戸田サンセットビーチCPで。生口島

 特産のレモン(収穫量日本一)の被り物で記念撮影。

 

  今治に泊まったときには、必ずここ。今治焼き鳥

  発祥の店ゴミドリ。

 

  店内の様子。「何だ、ガラガラじゃん」と思ったあ

 なたは甘い!空席は全て予約席なのです。1月ほ

 ど前、海ママが予約の電話をすると、「2人ぐらい

 なら何とかしましょう」。

 

  当店では、まず鶏皮をオーダーするのが暗黙の

 決まり。隣は、この日おすすめの手作りポテトサラ

 ダ。

 

つづいて生もの。左は鶏刺し、右は絶品のタン刺し。

 

  海パパが上機嫌に盃ならぬコップを重ねていると

 隣から、「たくさん飲んでもらって、ありがとうござい

 ます」と声が掛かりました。聞いてみると、2人は海

 パパが「お代わり」を連発していた”山丹正宗(今治

 の地酒)の杜氏さんと蔵人さんだったのです。

  こんなことって、あるんですね。

 

 帰り際、海ママが大将に「写真撮

らせて」と頼むと、ポーズを取ってく

れました。壁の写真は”酒場放浪記

の吉田 類。

 「来年また来るね」と声を掛けると、なんと5月末で閉店とのこと。

大将が高齢で、体力的に続けられないそうです。店内で働いている

息子さんや娘さんは、後を継いでくれないのかなぁ(それぞれ事情があ

るんでしょうねぇ)?それにしても残念至極。

 

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3月26日(日)

  翌日は雨模様の天気を覚悟していたのに、予報が

 良いようにはずれて、絶好のサイクリング日和。来島

 大橋をバックに、ルンルン気分の海ママをパチリ。

 

これがCPのスタンプ台紙と完走証。

ちなみに、スタンプを押していない2ヶ所のCP(大島亀老山展望公園・大三島しまなみの駅御島)は
オプションのため通過義務はありません。また、完走証は復路のもので、往路の完走証は走ってい
る間に、デイバッグの中でくしゃくしゃになってしまいました。

 

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